2025/08/01 12:59
akaiito 呼吸するチーズケーキ
— ある菓子の告白 —
私が生まれたのは、薄暗い工房の片隅であった。蛍光灯ではない、やわらかな明かりが差し込むその場所で、職人の手によって、私はそっと型に流し込まれた。機械の無機質な音ではなく、木のヘラがガラスに触れる、ほんのりとした音だけが響いていた。
オーブンの中で、私は静かに息づいていた。表面がきつね色に変わりゆく間も、私の心臓は確かに鼓動していた。それは冷凍庫で眠らされる菓子たちとは違う、生きた証であった。焼き上がりの瞬間、私は完成したのではない。むしろ、そこから私の真の人生が始まったのである。
冷やされながら、私はゆっくりと呼吸を続けた。時間が経つにつれ、私の肌理はより繊細に、香りはより奥深くなってゆく。まるで美酒が樽の中で熟成するように、私もまた、時と共に自らを磨き上げてゆくのだった。
職人は私に一枚の証明書を添えてくれた。「あなたのために焼きました」と証明された、その白い紙切れは、私が決して大量生産の中の一つではないことの証であった。私は誰か特別な人のために、この世に生を受けたのだと知った時、なんとも言えぬ誇らしさが胸に宿った。
包装される時も、私は凍らされることはなかった。冷蔵の箱の中で、私は変わらず呼吸を続けた。配送の道のりでさえ、私は生き続けていた。時間を止められることなく、私は誰かの元へと向かっていった。
やがて私が届けられた先で、その人が私を見つめる瞬間があった。もしその方が、特別な日よりも少し早めに私を迎え入れてくださるなら、私はさらなる悦びを知るであろう。冷蔵庫の静寂の中で、私はその人のもとで、ゆっくりと円熟してゆく。まるで大切な宝物を
慈しみ深く見守るように――
日ごと、私の味わいは深みを増してゆくのである。
私の表面に宿る、ほのかな温もりを感じ取ってくれるだろうか。私が今もなお生きて、成長していることを、理解してくれるだろうか。
フォークが私に触れる時、私は最後の呼吸をした。それは死ではない。私が、その人の記憶の中で、永遠に生き続けるための、新たな始まりであった。冷凍されることなく、時間と共に育まれた私の味わいが、その人の心に、きっと深い余韻を残すであろうことを信じて。
私は、呼吸するチーズケーキ。時間を止めることなく、あなたの元で、最後まで生き続ける。
(完)